親のルサンチマンが子の進路を決めるのか

休みが取れたので、同い年の元同僚と約束してイタリアンでランチ。
互いの仕事のこととか家族のこととかしゃべる。
元同僚はとても教育熱心。私が娘が勉強しないのをほとんど放置しているのとは対照的。
何故、私達は自分の子に対照的な対応をしているのかを互いにしゃべりつつ考えた。


母親が人生でやり残したこと、自分にはもっと別の選択肢を進むべきではなかったか
という迷いのようなものを、自分自身では解決のしようもなく、
子に反映させているのではないか。など語る。


彼女は自分のように大学進学での不本意な経験は子にさせたくない。

私は娘に、なるべくやりたいことをやって欲しい。
どうも自分が働いてばかりのような気がするから。
私の母は私に就労に困らない資格を取ることを強く勧めた。
母は高学歴だが一度退職した後は、就労に全く役立たない学歴だったから。
祖母は母に勉強して大学進学することを望んだ。
祖母は昭和初期の銀座のデパートガールで上司と恋愛結婚し
あこがれの華やかな生活だったが早くに未亡人となり生活に苦労したから。
なんか、うちは母親が自分の反省を長女にだだ流しすることを繰り返して
世代を超えて迷走中って感じだ。
でも、私は娘が美大進学なんか止めて手堅い就労のため看護学校に行くとか言えば
それもきっと賛成する。