劇団事件

過去のお姑様との初対面としての最大のインパクトだったんじゃないかと思うのが
劇団事件だった。
お姑様は当時まだ50代だったはずで、決して認知が悪くなっていた時期ではない。


当時は夫は小さいアングラ劇団の照明係りをしていた。
客席の定員が少数のとても狭い芝居小屋で、その劇団は公演した。
アングラ劇団なもんで、役者の着物はやはりよれよれにしてあったりする。
お姑様は自宅で和裁の仕事をしていた。夫にも着物を縫ってくれていた。
その公演で役者は夫から借りた着物を着て舞台に立っていた。


お姑様としては、三男が家を出て勝手に貧乏アパート生活で定職にも就かずに
変な貧乏劇団の手伝いなんかしているし、どんなもんだか公演を見に来た。
狭い芝居小屋で狭い客席の奥のほうに座ったお姑様。
小屋の中は漆黒の闇となり、しんと静まったところに1人の役者の声が響く。
そして小さい舞台に灯りがつく。
そのとき劇場内には役者よりも大きくお姑様の声がとどろいた。
「まあー!あれはウチの着物だわ!どうしてどうして!
私が三男ちゃんに縫ったのよ!あんな汚いままで!まあー恥ずかしい!」
お姑様が退場するためには他の客達も一旦席を立って出なくてはいけない。
慌てて周囲の者が制止を図るが、
上演しているのはお好みでない難解なアングラ芝居。
静かになってくれたかと思うとまた数分後には断続的に
「どうしてどうして!まあーこんな恥ずかしい!」と大声を繰り返す。
劇団員達に与えたインパクトは強烈。そのときの女優のトラウマとなる。
しかし夫も含め演出家も他の劇団員達も、本気で怒っているんじゃなくて
すごい笑い話として、永年のネタになっている。
迷惑なんだけれど、面白いっていうか、なんかかわいい。