東大医学部の標本室

死体と戦争 (ちくま文庫)

死体と戦争 (ちくま文庫)

BOOK OFFで見かけてなんとなく買って読んだ。
思いがけず、20年物の謎が少し解けたわ。


看護学生時代に微生物学の先生(マニアックに勉強しすぎた感じで
若い男性講師だが内気で真面目な変人さん風)が
みんなを、滅多に入る機会がない貴重なところに案内してくれることになった。
それが東大医学部の標本室。

おいおい。日本国は江戸時代のころから
こんな特殊なご趣味をお持ちの方々を国家レベルで庇護なさっていらしたのかい。
もう行って見て驚いたのなんの。


だってさ、医学部の標本室ってことは通常は
医学を学ぶ人の教材として役立つとかそういうコンセプトでできてるんでしょ。
ここの品揃えは、特異すぎる。
それぞれ方向の違う、マッドでディープでマニアなコレクターなドクター達の
嗜好が全開。古い建物の中で静かに清潔に管理されている。

ここで私が見たもの。
成人の臓器や胎児に、荒い網を被せたように数センチおきに切傷をつけ
標本にしたのは、法医学の資料なのだろうか。
しかし、いくらなんでも医学的とは思えないものが続く。
歴代の死刑囚の生首はずいぶんたくさんビンに入って並んでいて、
そのそばには、夏目漱石はじめ超有名文化人達の脳のホルマリン漬け。
有名な軍人らしき人とその妻とその愛馬は、一緒にひとつの大きなガラスケースで
骨格標本になって立っている。
阿部定事件で切り落とされた、男性の実物もここに保存されている。
単眼症や顔に角がある人の標本や、そういう江戸時代からの資料とか。
中でも圧巻は「入れ墨のなめし皮」。
膨大な数のパネルに、背中一面もしくはそれ以上の広きに彫られた
鮮やかな刺青の人間の皮膚が張られていた。


一体あれは何だったのか。
誰がどういう気持ちで作り、保存したものなのか。
特にあの刺青コレクションは、いったいどうやって。

それがこの本でわかった。
死後にその皮膚を提供する約束と引き換えに
見事な刺青の人々に生活費を援助し、死亡後直ちに皮膚を剥ぎ
一心不乱に緻密な作業を重ね、ひとつの標本を2年以上かけて完成させた
120体を作った父親と、今もそれを続けている息子の
親子二代の医学博士。

科学と進歩と正義と良識の城と期待されているところは、
異界からの呼び声が小さくひっそり響く場所だった。